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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)14643号 判決 1983年9月05日

原告

有限会社井桁製作所

右代表者

井桁秀夫

右訴訟代理人

飯田数美

被告

細谷光雄

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一  申立

1  請求の趣旨

「(一) 被告は原告に対し金五三四万二二四〇円及びこれに対する昭和五七年一二月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。(二) 訴訴費用は被告の負担とする。」との判決及び右(一)につき仮執行の宣言を求める。

2  請求の趣旨に対する被告の答弁

主文同旨の判決を求める。

二  主張

1  請求原因

(一)  被告は訴外日光金属産業株式会社(以下訴外会社という)の代表取締役であるが、訴外会社は昭和五七年四月から八月までの間に原告から金属加工品を代金合計五三四万二二四〇円で買入れ、右代金中六月分までの金三一五万四五六五円の支払のために約束手形五通(金額四〇万円、六四万円、七〇万円、七〇万円、七一万円四五六五円)を原告に宛て振出し、同額の手形債務を負担し、七月分及び八月分の金二一八万七六七五円については買掛金債務を負担していた。

(二)  原告は、右約束手形中金額四〇万円の手形を支払期日である昭和五七年九月三〇日に支払場所に呈示したが不渡となり、残りの手形も支払呈示しても不渡となることが明白となり、さらにその余の売掛金債権も回収不能となつた。<以下、省略>

理由

一請求原因(一)及び(二)の事実(原告と訴外会社の取引、訴外会社の支払不能)は当事者間に争いがない。

二<証拠>によれば、次の事実が認められる。

1  訴外会社は、被告がそれまで経営に参画していた細谷鋲螺工業株式会社から独立して、建築用金物、家庭用金物等の製造販売を行うことを目的として、昭和五五年一月に設立したもので、取締役は被告(代表取締役)のほか妻及び父をもつて構成され、被告のいわば個人会社というべきものであり、従業員七名を擁し、年間の売上高は二億円余の実績を挙げていた。

2  訴外会社は昭和五六年九月取引先の日東工建株式会社から融通手形の振出しを依頼され、同社との取引拡大を図るとともに自らの運転資金をも補う目的から、同社との融通手形の交換を行うようになつた。その間、昭和五六年九月と昭和五七年三月には取引先からの受取手形が不渡になるなどして、相当額が回収不能となり、建築業界の景気の冷え込みによる需要の低迷もあつて、訴外会社は次第に経営が窮屈になり、昭和五七年四月からは取引先の藤森工業株式会社とも融通手形を交換し、また金融業者から高利の融資を受けるなど、苦しい資金繰りを余儀なくされていた。

3  訴外会社が原告と取引を始めたのは、このような経営状況にあつた昭和五七年四月のことであり、その取引代金は、一部現金払を除いては、月末締め、翌月末に期間約四か月の手形で支払うこととした。しかし、被告としては、訴外会社の代表取締役として、苦しいながらも懸命の経営努力をしているときであり、振出した手形が決済できないような事態が生じるとは全く考えていなかつた。訴外会社から原告に対する最後の発注は同年七月二〇日頃で、原告はこれを八月一一日頃納入した。

4  ところが、同月一二日になつて前記日東工建株式会社の代表取締役熊手逸夫が行方をくらませ、同日満期の手形を不渡にしたため、訴外会社は自己振出の同月二〇日満期の手形につき資金手当ができなくなり、同日第一回目の不渡手形を発生させ、同月三一日には第二回目の不渡を出して銀行取引停止処分を受け、九月六日破産宣告を受けるに至り、原告は訴外会社からの受取手形を含む代金合計五三四万二二四〇円が全く回収不能となる損害を蒙つた。

三右に認定した事実をもとにして被告の責任について考えるに、訴外会社の経営破綻を招いた遠因は、被告が需要の低迷状態にあるにもかかわらず、取引拡大をねらつて信用不安のある取引先と融通手形を交換する挙に出たことにあり、結果的には被告が訴外会社の代表取締役としての経営判断を誤つたものといわざるを得ない。しかしながら、訴外会社が原告と取引を行うについて、被告は訴外会社が苦しい経営状態にあるとはいえ、近い将来に破綻が訪れ支払ができなくなる事態が生ずるとは全く考えていなかつたことは前認定のとおりであつて、融通手形の交換先である日東工建が不渡事故を起こしたことは被告の予測外の出来事であり、それを予知させるような徴候があつたことも証拠上これを認めることができない以上、日東工建が不渡を出し、ひいてはそれが訴外会社に致命的な打撃を与え支払不能の事態を招来するであろうことを被告が見通し得なかつたからといつて、訴外会社の代表取締役たる被告の業務執行につき悪意又はそれに匹敵するほどの重大な過失があつたということはできない。

また、融通手形の交換や高利の資金の導入はたしかに会社経営上危険を伴う行為ではあるけれども、本件においては、これが代表取締役に与えられた経営上の裁量の範囲を逸脱した著しく不合理な選択であつたとまで断定しうる証拠はなく、この点においても悪意又は重過失による任務懈怠があると認めることはできない。

四以上の理由により、原告の本訴請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(藤井正雄)

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